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suicidal-seed 1
「メタルハーフ」    作 / 茜梨生
 雨上がりのひどく悪い足場にもかかわらず、三本足のワークロボットはうず高く積み上げられた機械ゴミの急斜面を、虫のような足運びで危な気無く登っていく。ワークロボットには運転席の収められた胴体は無く、3本の足の上には、細長い4本の腕(アーム)が直接取り付けられていた。
 ロボットは山を登りつめると、瓦礫の頂上に腕一杯に抱え込んだ機械の残骸をガラガラとばら蒔いた。そして、自分の足で踏み砕いている同胞達の死骸には何の感慨も抱くこともなく、向きを変え倉庫へと戻っていった。
行間80
「彼」はその瓦礫の山の下で眠っていた。
「彼」の寝床に、先程まで降りそぼっていた雨に融けた赤錆が流れ込んでくる。
しかし、硬い殻に守られた彼の体の内部に、その赤錆が染み込んでくることはない。
時々静寂を破って響き渡る、ワークロボット達がゴミをばら蒔く轟音も、彼の眠りを妨げることはなかった。

僅かに残された記憶(メモリー)の中で、
ただ「彼」は待っていた。
夢を見るかのように、
流れ込んでくる音のデーターを演算の海に泳がせながら。
再び声をかけてもらうのを。
・・・優しい母の声で。
行間80
   線起きなさい、かわいいおちびさん
   線気持ちの良い朝よ・・・
行間80
先程ワークロボットが積み上げたゴミが重さの限界だったのか、突然瓦礫の山が地滑りを起こし崩れ落ちた。
その轟音でも「彼」は目覚めない。
彼の待つ声が、甘やかな髪の香りとともに訪れることはもう決してない。
だが「彼」がそれを知るすべは何もなかった。

また、静けさを取り戻した雑木林の奥の瓦礫の山の下で、風にそよぐ木々の葉音を聞きながら、彼は眠り続ける。
行間80
線目覚めの時を待ちながら。
1. SP(最優先)コード「J」
 いつもはドタドタと駆け降りる階段を、マサトははやる気持ちを鎮めながら、胸に手を当てゆっくりと下りた。
 少し伸び過ぎた前髪をかき上げ、深呼吸して父の仕事部屋の前に立つ。

「神様、どーかクソ親父の財布のヒモが思いっきりゆるくなってますよーに!」
 天を仰ぎ祈りながら、最高の愛想笑いを浮かべドアを開けた。

「たっだいまぁ! お父様ァ白抜きハート
「・・・あんだよ、気色悪ィ声出しやがって」

 嫌な予感で一杯になり、博正は覗き込んでいた拡大鏡から顔を上げた。
 作業台の上には、修理中の犬型ペットロボットが、仰向けに寝転びお腹をパックリ開けられ舌を出している。何があったのか、ボディにはあちこちピンクのシミが焦げ付き、目がバッテン表示になっている。

「ウ〜ン白抜きハート とぼけるなんてお父様のイ・ケ・ズゥ白抜きハート 特許使用料入ったんだろ! 一生のお願いだからFロボ買ってよ〜、中古でもいいからさぁ!」

 Fロボとは「フレンドリーロボット」の略で、高性能の子供型ロボットのことだ。子供達の遊び相手や勉強相手として、また時にはボディガードともなる頼りになるパートナーロボとして大人気になっているが、かなり高額である。
 マサトの通う新星小学校は、高性能ロボットのトップメーカー「ジェネシスコーポレーション」の会長が学園の創立者だ。そのせいもあり、全国に先駆け本年度からFロボ同伴での登校・共同学習が許可されたのだ。世界的にも注目される初の試みである。
 そこで4月からマサトのクラスメイト達は、皆こぞって自慢のFロボを連れ学校に来ていた。お金持ちが多い学校なのだ。

 マサトはFロボを持たない少数派の一人で、何度も父にねだってはいたが、
「ウチは貧乏なんじゃ〜〜っ!」
 の一言で玉砕をくり返していたのだ。

(特許使用料だァ?…ったく、どこでそんな情報仕入れてきやがったんだ。だんだん小狡くなりやがるぜ)

 内心舌打ちしながらも、博正は迎撃体制に入った。
 筋肉質の腕を水着グラビア美女よろしく内側に絞り、セクシーポーズをとると、息子に負けず鼻に抜けた声でシナをつくる。
 線かなりキモい・・・。

「ごめーん白抜きハート ツケ払ったら無くなっちゃったァ白抜きハート
「う、うそつきやがれ!」

 無気味さに後ずさりながらも、マサトも必死に言い返す。
「ジェネシスの特許使用料が、ツケでなくなるほどショボイわけないだろ!・・・あーっ! ひっょとして、またなんか自分の買い物したろう、親父!!」

 図星である。

 マサトは慌てて作業場の中を見回した。
 種々雑多な機材がところ狭しと置かれた室内の片隅に、電子レンジ程の大きさの新顔のメカがちょこんと置かれているのに気付き、目を剥いた。

「ZENの新型ナノパーツ・モルダー(成型器)・・・これ1台でFロボが2、3体は楽勝で買えるじゃん! こらぁ〜〜っ、このクソ親父ィ!! 家計の赤字補填だってしなきゃいけないんだぞ!」
「仕事で使う道具最優先だ」
「最近親父、オリジナルナノパーツ使うような高級な仕事まったくしてないじゃんか!」

 線マサトは地雷を踏んでしまった。

「じゃかましーっ! 誰に喰わせてもらってると思っとるんじゃいっ! 仕事の邪魔じゃーっ、出ていけー!」

 博正の、理工系にはまず見えない巨躯から繰り出す怒鳴り声に、マサトはそれ以上一言も言い返せず逃げ出していた。
 力技でこの父に勝つには、まだ何年もかかるだろう。
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 澄んだ濃紺の夜空に、満月がかかっていた。
 雑木林から、緑の匂いを含んだひんやりとした空気が流れ込んで来る。
 マサトは、あれからずっと家の裏の林の奥に広がっている、ジャンク部品のボタ山の上にいた。
 マサトはよく暇があると、ここに自作ロボット用の部品探しに来てたのだ。飛び出したはいいが行く当てもないので、とりあえずいつものようにボタ山で部品捜しを始め、まかり間違って使用可能なFロボでも埋まっていないかと、悔し紛れに探すうち日が暮れてしまった。けれどちょとぐらい、クソ親父を心配させてやろうと意地になって、日が落ちても帰宅せずボタ山で粘り続けた。
 だが初夏とは言っても郊外の夜は肌寒い。マサトはそろそろ部屋が恋しくなってきていた。父の性格から言って、心配して迎えに来ることなどまず考えられない。かといってこのままノコノコ家に帰るのは、むちゃくちゃ悔しかった。

 女親がいればとっくに迎えに来てくれて、今ごろは暖かい食事にありつけていただろうが、マサトの母は、マサトが2歳になってすぐの頃、事故で亡くなっていた。

「くっそーあのドケチ自己チュー親父、いっつも自分優先なんだから! 臨時収入あったときぐらい、この歳で家事全般引き受けてる孝行息子の、一生のお願いきいてくれてもいいじゃんかよ・・・」

 満月を見上げていると、いつもは負けん気の強いマサトだが、とうとう遠吠えでもしたいほど寂しい気持ちになってきてしまった。
 マサトは立ち上がり、月に向かって大声で叫んだ。

「クソ親父のバカヤロ〜〜〜!」
「ドケチ中年、ボケ博正ァ!」

 情けない気分に負けまいと大声を上げているうちに、何やらだんだん面白くなり、調子に乗ってきた。
 遠くでマサトの声を聞きつけた犬が吠えたてている。

「ウルトラ変態痴漢オヤジ〜〜〜!」
「脳ミソ筋肉ゴリラ男〜〜〜!」
行間80
 線その時・・・。
 マサトの足元のジャンクパーツの下から、マサトの声に反応するかのように、微(かす)かにコンピューターの起動音のような音が響いた。
 だが、大声を出しているマサトは気付かない。

 よく見ると、マサトの立っている辺りのジャンク部品だけ、他とは違い焼け出された残骸のように焦げ付いた部品が集まっているのが分かる。
 火事で焼け出された廃材らしい。
 何年も前に埋もれていた物が、昨日のボタ山の土砂崩れで露出したのだ。

 線ツールルルル、ピー・・・

 地面の下では、カナリヤのさえずりのような、聞こえるか聞こえないかの機械音がしている。
 続いてくぐもった声で人工音声のナビゲートが始まった。
行間80
・・・声紋解析終了・・・適合率60%。
・・・加齢修正・・・適合率92%!
 SPコード始動準備ニハイリマス。
行間80
 死んだ機械達の墓場の古い層に埋まっていた「何か」が
 今目覚めようとしていた。
 マサトの足下からモーター音が響き始め、湯気が立ち上る。
 雑木林の冷気が、イオン臭を含んだ熱気にかき乱され、陽炎の様に揺らぎだす。
 ジャンクパーツ達が、一斉に微細動をはじめた。

「な、何だ? 地震・・・?」

 機械達の亡霊が、いきなり低い苦鳴を上げだしたような異様な気配に、マサトは何が起こったか分からず立ちつくしていた。
 部品の山の微細動が、はっきりとした振動に変わっていく。

 辺りに積み上げられた野ざらしの錆びた鉄骨が、
 ロボットの腕が、
 頭が、
 眼球を揺らしながらガタガタと動きだす。

 急に足元が大きく盛り上がった。
 線何かが地中から這い出してくる?!

 慌てて逃げようとしたマサトは、壊れたモニターにつまずき転倒した。
 倒れたマサトの眼前に、ガラガラとまとわリつく部品やコードを落としながら、何か四角い物体が満月を背に浮かび上がってきた。

 物体はサーチライトのような白い光を四方に撒き散らし光りだす。
 どうやら探査光(スキャンレーザー)のようだ。

 腰を抜かしかけていたマサトは、それを見上げ、ポカンと口を開けた。
「・・・空飛ぶ、洗・濯・機?」

 そう、光ながらゆらゆらと浮かぶそれは、紛れもなく旧型のドラム式洗濯乾燥機だった。その業務用らしいかなり大型の洗濯機には、周りの他の廃材と同じように焦げた跡が付いている。

 洗濯機はスキャンレーザーのまばゆい光で、グルリと周囲を探査した後、マサトを認識しゆらりと向き直った。
 マサトの全身が再びスキャンレーザーの光に包まれる。

「アナタノオ名前ヲ、オ教エ下サイ」
「へっ? オレのな、名前? あの・・・マサトです。匠マサト、11歳、蟹座」
線キーワードNo.001マ・サ・ト。Congratulation! Fit the bill!」

 マサトの返事を聞き、洗濯機は嬉し気な音楽をかき鳴した。

「えっ? 何? なんか言った?」
「SP(最優先)コード始動。コクーンモード解除シマス」
行間80
 洗濯機は弾けるように金色に輝きはじめた。
 開口部の隙間から光が噴き上がる。
 中で何かが起り、内部圧が上がっているようだ。
 眩しさにマサトは顔に手をかざしながら後ずさる。

「い、いったいなんなんだよ!」

 光は膨張し、破裂音と共に洗濯機がバラバラに崩れ飛んだ。

 頭をガードしていた手を下ろし、マサトが恐る恐る見上げると、今度はそこに、新たな月のように朧(おぼろ)に光る楕円形の球が浮かんでいた。球体は僅かに彎曲しており、昆虫の繭(まゆ)の様にも見える。

 繭は燐光を放ちながら、変形をはじめた。
 一瞬、胎児の様な姿になったかと見えたのもつかの間、繭は人形をとり、少年の姿が完成していた。
 少年は鋭い金属音と供に手足をはじけるように伸す。
 身軽にクルリと前転し、スタンとマサトの前に降り立ち、ニッカリ笑った。

「よう! マサト! 会えてうれしいぜっ! オイラのなまえはJ・B・J-6。J(ジェイ)ってよんでくれィ!」
「ロボット? 間違いないぞっ! フレンドリーロボットじゃんっ! やったー、Fロボだ〜〜〜っ!!!」
画像
護られていたのか縛られていたのか・・・
2. リュート
 バッタン、ドタドタ、ダンッ!

 聞き慣れたマサトの帰宅時騒音に、博正は密かに胸を撫で下ろした。
(やっと帰って来やがったか)

 ダッシャン、ガンガン、ドガンッ!

 しかし、続いて響き渡ったもう1種類の騒音を聞き、慌てて作業机から立ち上がった。
 2番目の音は、マサトの足音よりはるかに重量感がある。
 この辺りは治安が良いとは言え、泥棒や変質者はどこにでも現れる。つい最近も、学校から注意を促すメールが送られてきたばかりだった。

 博正は階段を駆け登り、1階の居間へ飛び込んだ。
 不審者の姿は無かったが、初めて見る小柄なFロボが、背を向けて中央のラグの上にしゃがみ込んでいた。

 Fロボはマサトの作った子猫型ロボットの「ミー君」を撫でている。
 セキュリティ・センサー機能を組み込んであるため、ひどく人見知りするミー君が、警戒もせず気持ちよさそうに撫でられながら目を細めていた。
 線とりあえず危険な兆候のあるロボットではなさそうだ。

「あっ、親父ィー、見ろよこいつ!」
「あん?」

 博正に気付き、Fロボが立ち上がり、振り向いた。
 よく動く胡桃色の大きな瞳を輝かせながら、やたら悪戯っぽい表情でニッと博正に満面の笑みを向けた。

 Fロボは一昔前に流行ったヘアバンド式のヘッドギアを着けたメタルボディータイプで、足と胴体部分は、カーマインレッドを基調にデザイン塗装されていた。髪は明るい栗色。背が低くマサトの胸あたりまでの背丈しかなかった。顔と手は人工皮膚だ。

「おーす! マサトのオヤジ! オイラJ(ジェイ)! せわになるぞ!」
 線思いきり馴れ馴れしい。

「・・・どうしたんだ? これ」

「すっげーだろ! 松野さん所のジャンクパーツの山から見つけたんだ!」
「ジャンク屋の親父の? で、どこの場所のだ? まさか、店の裏の倉庫のじゃないだろうな! あの場所のはほとんど値引きしてねーんだぞっ」

「ちっちっち白抜きハート

 マサトは、人さし指を振りながら、得意気に言った。
「裏山の野ざらしのボタ山のだよ!」

「あの、どう見ても違法投棄の粗大ゴミの山なのに、いくら市から苦情言われてもリサイクル部品だと言い張ってて、しかもキロ百円で実際売り付けてる、あのボタ山?」
「ウン!」
線でかしたっ!」
「買ってくれる?」
「オウッ、買ってやるわいっ! 太っ腹なお父様に感謝せいよっ!」

 キロ百円で太っ腹もないものだが、とにかくマサトは大喜びだった。
「・・・キロ百円? オイラ、キロ百円なの?」
 若干1名、納得のいかない者もいたが・・・。
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「ゲッ、98キロ?! なんでこんなに重いんだ、こいつ? ひと昔前のワークロボットじゃあるまいし」

 5千円でおつりが来ると計算していた博正は、仕事場の重量計の目盛りを読み少し慌てたが、さすがに買い取るのは止すとは言い出さなかった。いくらなんでもセコ過ぎるし、家計費まで使い込んだ事を少しは反省していたからだ。

「よし、次はボディを見るから、作業台の上に座ってくれ」
 Jは台の上に出しっ放しになっている舌を出した犬型ロボットを訝し気に見ながら、端の方に大人しく座った。

「ふむ、それにしても出来のいい人工皮膚だな。本物の子供の皮膚のような瑞々しさだ。人工毛髪も、手触りが抜群だ。なかなか高級品のようだな、J君」
「いや〜それほどでも」
 Jは褒められてニッカリと笑った。愛嬌のある笑顔だ。

 続いて博正は製品コードを探す。
 人工毛髪の付け根の、襟足辺りに何か刻印してあった。

「J・B・Jー6か……ジェネシス社のマークは付いてるが、J・B(ジェネシス・ボーイ)シリーズにはJナンバーなんてないんだがな。シリアルナンバーも付いてねーし、第一全然見たことないデザインだし。・・・うーんこりゃあ」

「・・・パチ物だな」
「・・・パチ物だね」

 博正とマサトは、声を合わせて言った。さすが親子、呼吸ぴったりである。
 御存じとは思うが、パチ物とはコピー商品のことで、巷ではその中でも特に怪し気で珍妙な製品を、よくこう呼んでいるようだ。

「い〜〜かげんにしろよォこら!」

 ついに我慢の限界がきて、Jが作業台の上に仁王立ちになった。
「だまってきーてりゃあキロ百円だの、パチ物だの、いーたいほーだい、いーやがって・・・グレてやる〜〜」
 半泣きで訴える。

「スマン、冗談だよ、冗談。確かに君のボディデザインは10年前ぐらいの古臭いデザインだが、新品同様ですごくきれいで状態はいいし、メーカー品じゃなくても、全然問題ないよ! ウン!」
「ふ、ふるくさい? メーカー品じゃない?」

「い、いやさー、中古で多少変なクセついてても、オレ気にしないし、マニュアル落ち、備品落ちの不揃い品で保証なくても、オヤジプロだから安心だし、オレもメカ強いからさー、大船に乗ったつもりでいてくれよ!」
「へ、変なクセ? ふぞろい品? ほしょーなし?」

 線親子揃って、デリカシーというものがまったく無いようだ。

「絶対グレるゥ!!! うわ〜〜〜ん!!!」
行間80
 騒動は12時過ぎまで続き、博正の怒鳴り声で終りを告げた。
 博正は寝室に引き上げる前に、マサトに釘を刺した。

「この小僧は、お前がちゃんと面倒みるんだぞ! 俺は知らんからなっ!」
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 翌朝は久しぶりの快晴だった。
 丘陵を跨ぐ広い林道を10分程歩き丘を登り切ると、凪いだ海が眼前に広がる。道はそのまま湾岸道路へと緩やかに下って続いている。
 その坂を下らず尾根沿いの脇道へ左折して、絶景を楽しみながらしばらく歩くと、マサトの通う新星学園小学部に着く。その辺りの南側の海に面した丘陵地帯は、高級住宅地としても知られていた。
 林道でたっぷり森林浴を楽しみ海まで見ながら通える通学コースは、マサトのお気に入りだったのだが、今朝は寝不足で、楽しむどころではなかった。おまけに興奮しきった新しい弟分が、朝っぱらから次から次へしゃべりまくるので、早くも今日一日の、エネルギーを使い果たしてしまっていた。

「おい、マサト! 海だ! 海〜〜!」
「・・・あー」
「あっ、船だ! 船が見えるぞっ!」
「・・・あー」
「マサト君! おはよう!」
「あー・・・あっ! ありさちゃん! おはよう!」

 生返事をしかけて、マサトは慌てて振り返った。
 高級住宅地の中でも、特に目立つ豪邸から駆け出して来たこの少女は、マサトのクラスメイトで、幼稚園から仲良くしてくれている幼馴染みだ。

「おっはよー、初めまして! オイラJ、よろしくなー!! おい、マサトーかっわいい娘じゃん! カノジョかー?」
 瞬時にマサトの裏拳が、Jの顔面に飛ぶ。
「〜〜ってぇ、なにするんだよー! マサト」
 マサトは仏頂面で少し赤くなっている。そろそろ難しいお年ごろだ。

 ありさは、鼻を押さえてしゃがみ込んだJに駆け寄った。顔にかかるウェーブのかかった髪を指先で押さえ、小首をかしげながら優しく声をかける。

「大丈夫? あなた、マサト君の新しいFロボね。よろしく!」
 差し出された手を恥ずかし気に握り返し、Jは照れくさそうに頭を掻いた。

「良かったわねマサト君、やっと買ってもらえたのね、Fロボ! 私の情報、ちょっとは役に立ったかな?」
 彼女は、ジェネシスコーポレーションの会長の孫娘で、目に入れても痛くない程可愛がられていた。会長は多忙なのにもかかわらず、毎晩必ずスケジュールをやりくりして、ありさとネットで会話を楽しむのを日課にしている。今回の博正の特許をジェネシスで使ったという情報も、この通信でありさが仕入れたものだったのだ。

「うん、ありがとう。役に立ったよ。親父さっさと自分の物買ってたけど、おかげでなんとか滑り込セーフでFロボも買ってもらえたよ。あと半日遅かったら臨時収入全部使われてたな、きっと。まあ、中古のパチ物なんだけどさー」
「あ〜っ!! またパチ物っていったなー、ひどいぞマサト!!」

 マサトが慌ててあやまろうとしたとき、Jをじっと見ていたありさが突然声をあげた。
「いや〜ん、かっわいー白抜きハート すっごくかわいい〜この子♪ 髪の毛ぽわぽわでホッペもスベスベ白抜きハート この服マサト君が着てたやつでしょ? とってもよく似合ってるわ」

 本当は、Jのようなメタルボディタイプのロボットには服はいらない。だが今のロボットは、ほとんどが全身人工皮膚の着衣タイプなので、何も着せないと何かスッポンポンのような気がして、マサトはお古のハーフパンツとTシャツをJに着せてきたのだ。
 ボディの素材が滑り易いので、ハーフパンツにサスペンダーを付け、スニーカーも履かせてある。もっと小さい頃の物は捨ててしまって無かったので、服は全部Jには大きめでダブダブだった。そのせいで余計やんちゃ坊主のような感じに見る。その辺が女の子受けするのだろうか。

 ありさの反応に、Jは真っ赤になって照れまくっていた。
 線そのとき、

「かわいい? こいつが?! こいつのどっこがそんなにかわいいって言うんです、ありさちゃん!!!」
 ありさとJの間に、いきなり白く丸い人影が背後から割って入ってきてギャーギャー喚きたて始めた。

「なんだよー、おまえ!」
 Jはムッとして睨み付けたが、相手の姿を見たとたん、すぐにポカンとした表情に変わった。

 声の主は、ありさのFロボらしい。
 金髪の巻き毛に、ライトブルーの瞳。純白の手編みレース付きビラビラの絹のブラウスに紫のサッシュを締め、金糸で全体に刺繍を施したベストを羽織り白タイツまで装着。
 線まさに絵本の中の、王子様のようないでたちなのだが・・・なぜかコロコロに太っていた。最高級人工皮膚製の薔薇色の頬も、白魚のような指も、みごとにぱつんぱつんに丸く膨らんでいる。

「これは失礼、御挨拶がまだでしたね。僕はジェネシス・スタープリンス(星の王子)シリーズ、ロイヤル・カスタム2・ベルサイユドリームHQ。名前はルイ・アントワーヌ・ド・ルドビジアです。ルイと呼んで下さって結構。よろしく」

 名乗るだけなのに、やたらに長い口上だ。

「変なやつー」

 一言言い捨てて、Jは全く興味無さ気に頭の後ろで手を組んで後ろを向いた。

「ちょっと待て、君! 失敬だな!!! 僕のどこが変だと言うんだ?!」
 ポーズをつけ、満足げに自分の全身を見回した。
「・・・ほら〜、今日もどこから見ても完璧じゃないか、僕は白抜きハート

「変!! どっから見ても、ぜ〜んぶ変じゃん!! なんでそんなビラビラのふくきてンだよー? なまえも変だし、なげーし、なんかコロコロしてるし、ほっぺたぷくぷくだし……」

「コ、コロコロでぷくぷくですと〜〜」

 パシン!と、何かがJの頬に当たった。白い手袋だ。
「なんて失礼な! 決闘だ! 決闘してもらおう!」

「・・・いや、オイラ男とけっこんはちょっと」
「結婚じゃなーい! 決闘だ〜〜!」

「クスクス、いやだもう、二人とも、ウフフフ」
 ベーシックな掛け合い漫才だが、ありさは楽し気に笑いだした。とたんに怒りモードだったルイが満面の笑顔になった。

「やった! 朝一番でウケがとれました〜〜! あ〜、ありさちゃんの笑い声って、やっぱり最高です〜♪ あー君、J君だっけ? ナイスなボケをありがとう! これからもよろしく頼みますよ♪」
 ルイはポカンとしているJの手をぶんぶん振り回して、握手をかわした。

「ボケってなんのことだよー? オイラなにもしてないぞー」
「なにもしてないって? それじゃ、君、天然? ふーむ、そりゃうらやましい。いくら芸を磨いても、天然の持ち味は真似できませんからねー」
「なんだよーそのいーかたっ!」
「ああ…気に触ったのなら失礼。でも、本心うらやましいんですよ。僕はありさちゃんの笑顔のために、すべてを捧げているんですから!」

 学校へ歩き始めたマサトとありさを追いかけながら、ルイは芝居っ気たっぷりに語りだした。

「ありさちゃんは御両親ともお忙しく、お一人のことが多いのです。ですからお寂しいことがないよう、楽しく笑っていただくため、僕は日々芸の精進に励んでいるのです。そしてその甲斐あって、千の芸を身につけました。僕のボディがほんの少〜し過積載なのも、ネタのための仕掛けが体中に仕込んであるせいでして・・・」

「ふーん、お前、なーんかいいやつだなー。1000のげーなんて、すっげーぜ! こんどみせろよっ!」
「僕の芸は、ありさちゃんだけのためのものです。でもまあ、そんなに言うなら、今度いくつかご披露してさしあげましょう!」
「わーい♪ サンキュー! さっきはごめんな!」
 Jにも、早速友だちができたようだ。
行間やや広
「なールイ、さっきからうしろにいるあの白いおっさん、なんだ?」

 ルイは振り返り、後ろを見た。マオカラーのスーツを身にまとった銀髪のロボットが、ずっと少し離れて付いて来て後ろを歩いている。しかし「おっさん」呼ばわりはあんまりであろう。背の高い静かな雰囲気の、なかなかイケメンのロボットだ。

「ああ、彼はリュート。ありさちゃんのボディガードです。ちゃんとJRCの検定試験をパスして、Aランク認定を国からもらっているガードロボですから、武器だって内蔵してます。ケンカは売らないほうがいいですよ」

 リュートはJと目が会うと、軽く目礼し、またすぐありさに視線を戻した。
 Jと同じメタルボディタイプだが、手と顔は人工皮膚ではなかった。全身がナノカーボン繊維等をマトリクス樹脂で加工して造った、強化アーマーで覆われている。顔面と、スーツに隠れて今は見えないボディ全体には、可変ロボットであることを示す、トランス(変形部)ラインが何本も走っていた。白が基調のボディだが、トランスラインの一部は、ゴールドとレッドのペイントでデザイン的に強調されている。

「ふーん、ガードロボットかぁ・・・」

 なぜか気になり、じっと見つめていたJの視界から、突然リュートの姿がかき消えた。慌てて見回すと、もう皆の前面に廻り、ありさとマサトの前に両手を広げ護る様に立っていた。どう動いたのか、Jには視認できなかった。

(疾えェ・・・)

 Jはつぶやいた。
 Fロボと、バトルアジャストされた特殊ロボット(S・R)とでは、まるで「物」が違うのだ。Fロボは、子供用のコミニケーションパートナーとして造られた汎用ロボットだが、リュートのようなA級ガードロボットは、一体づつユーザーに合わせてプログラム、調節がなされ、戦闘にも耐えるように造られているオーダーメイドだ。ボディの性能、強度は、Fロボでは足元にも及ばない。

 何かが、Jの胸のなかに沸き上がった。線忘れている記憶。
(オイラが忘れてる? なにを・・・?)

 けたたましい爆音に、Jはハッと我に返った。
 突風で土埃を巻き起こしながら、水上用ホバーバイクが、車道をハイスピートーで向かって来るのに気付き、Jもマサトの側へ走った。
 バイクに乗っていたのは、長い黒髪の女性だった。

「あれは、山口聖子先生です。ありさちゃん達の担任の。どうやらまた寝坊したようですね。しょうがないなぁ」
 すぐにルイが教えてくれた。リュートは警戒を解き、スッと後ろに控えた。

「おっはよう〜マサト、ありさ! 今朝はちょっと遅いんじゃないかい? とっとと行かないと、遅刻するよー!」

 バイクは皆の上空で止った。ホバリングの爆風で、木の葉や埃が勢いよく吹き付けてくる。

「せ、聖子先生! 早くエンジン止めてよ!」
 たまらずマサトは怒鳴った。
「ああ、悪りィ!」

 バイクを地上に降ろし、スタイルの良いボディを翻しひらりと飛び下りると、シルバーイエローのアイカバーに付いたマイクを軽く調節する。
「風神、リターン・ホーム!」

 一言喚ばわると、バイクは反転し、真直ぐ家へ帰って行った。アイカバーのマイクは、彼女の愛機達を音声入力でコントロールできるのだ。
 水上用ホバーバイクを公道で乗り回すのは、もちろん道路交通法違反である。だが遅刻寸前のとき聖子先生は、時間節約のため、迂回して大橋をらず、ホバーバイクで河口を突っ切り、近道して登校してくるのだ。
 生徒達に慕われているので、表立って非難されたことはないのだが、交通安全システムのオートチェッカーによって、確実に減点が増えている。免許停止はもう目前だ。

「んー! いい天気だねェ。マサト、洗濯物干してきたかい?」
「うん。親父、晴れた日は絶対乾燥機使わせてくれないからさー」
「お父さんは、体験主義だからね。『技術者に必要なバランス感覚はリアルな生活体験無しでは培われないんです』って、面談で言ってたよ。カッコいいよね、あんたのお父さん。なかなかさっ!」
「・・・リアルな生活体験もいいけど、天気のいい朝に親父のパンツ干してると、なーんか泣けてくるよ〜先生、小学生なのに生活感ありすぎて。そー言うなら自分で干せっての、自分のパンツぐらい」
「ギャハハハハ、確っしかに朝っぱらから、親父のパンツはきっついねー! まーがんばれや、未来の博士君!」

 聖子先生は豪快に笑い、マサトの背中をバンッと叩いた。

「おや、こっちのおちびさんは新顔だね。マサトの所の子かい?」
 聖子先生はJに気付き、屈みこんでのぞき込んだ。
「はい、J君と言います。今日からお世話になります。よろしくお願い致します」

 すかさずルイが答える。
「ほらJ、君も御挨拶して・・・何、固まってるんです?」
「せんせー目ぇ、わるいのかー? マサトのオヤジは、ぜんっぜんカッコよくないぞ!!! ゴリラみたいだし、しょっちゅうはなくそほじってるし、ハラでてるし、足クサイし・・・」
「ブハハハハハ、なかなか面白い子だね。よろしく! さあ、急いで学校行こう、遅刻しちゃう」

「ま、また笑いをとりましたね、J君! 今の素人とは思えない絶妙なタイミングのボケ。う〜〜む、侮れない相手です。負けられません!」
 お笑い命のルイは、ライバル出現に芸人魂を刺激され、決意を新たにしていた。
「僕も負けずに、芸道に励まなくては!」

「ルイー、J、早く来ないと置いてくよ!」
 先生に促され、皆は道を急いだ。学校はもうすぐだ。
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とりあえず翅を広げ身を屈めてみる

3「RG(ロボットグラップル)」へ続く
 まずはsuicidal-seed※1第1話「メタルハーフ」のページへのご来訪、ありがとうございます。この作品は2003年5月、投稿用に完成させた作品の修正版です。読み切り作品を3部作の第1話として書き直し、順次展示予定です。当初は400字×275枚でしたが、加筆修正してありますので、それより若干ページ数が増えております。

 さてこの作品には「ナノロボット」が登場します。
 「ナノロボット」と言うと、細胞より小さいナノサイズの極小マシンで、分子を組み立て何でも造り出す事ができる、というような夢のようなロボットを思い浮かべられることと思います。原子を操作して組み立てる「アセンブラー」などが有名どころですね(アセンブル・プログラムのことではありません)。SF小説では、体内に注入する事で様々な福音をもたらす…たとえば不死身のボディになれるマシン…というような使われ方をされているようです。しかし当作品で描いたナノロボットはちょっとタイプが違いますので、少し補足説明(取り繕い&言い訳&マニアの拘りの暴露)をしたいと思います。

 本作品に登場するJは、バイオ・ナノプロセス技術※2 によって自己組織化させて組み上げたクォータ・メタル・ナノマシンで全身が構成されているナノロボットです。 タンパク質の自己組織化能力や、遺伝子工学を利用して作られた分子機械で構成された細胞サイズの半金属ナノマシン各種がボディ・骨格の主な素材になっています。中心部には高強度ポリマーに守られた「コア」が格納されており、各ナノマシンの挙動をコントロールしています。ベースになるナノマシン数種類は「コア」の指令により休息時に自己製造が可能。ただし原材料である各種アミノ酸、フラーレン素材などの補給が必要。ナノマシンには暴走防止のため自己複製機能は付与されていませんので、その他のナノマシンは外部補給に頼っており、定期的なメンテナンスが必要不可欠です。
 これならナノロボットの抱える基本命題「太った指」と「くっつく指」に引っかからないのではないかと作った設定なのですが…これはこれで様々な矛盾点があるようで冷や汗ものではあります。
 線と、色々書いてしまいますと小難しそうにお感じの事と思いますが…要するに、ターミネーター2に出てきた液体金属ロボット(サイボーグ)の液体部分が、ナノマシン細胞になってるロボットだと思っていただければいいかと(←オイ!)。

 まじめなSF作品のような作品展示になっておりますが、実はただの娯楽アクション・コメディですので、お気軽にご一読いただければ幸いです。
ストーリー
 ロボットテクノロジーが特に進んだ近未来。子供達は、パートナーロボットと一緒に学校に通っている。主人公のマサトは、十年前事件に巻き込まれ死んだ母の造った半金属ナノロボット「J」を偶然ゴミの山で見つけだす。マイペースでやんちゃなJに振り回されるマサト。そんなある日、学校で美少女ロボット紫音が誘拐された。マサトとJは、仲間の超高級マシンだがギャグ命の吉本系小デブロボットのルイや、レーザーが武器のイケメンA級ガードロボットのリュート達と供に犯人に立ち向かう。敵は自己再生する、新型半金属ロボットでプラズマ使いのA(エース)と、自由変形する手足を持つナノサイボーグの、冷徹なテロリストサイード。苛烈な戦いになり、リュートはAに機能停止に追い込まれる。しかし母譲りの天才的なロボットエンジニアとしての才能をもつマサトの戦略で、JはAを退ける。だが戦闘のプロのサイードの戦法を読み切れず、マサトは負傷してしまう。マサトの危機に、自分の意志でトランスフォームしパワーアップしたJは、マサトとみごとなコンビネーションをみせ、辛くもサイードを倒す。そして実は母の事件の犯人でもあった、誘拐事件の犯人の科学者を捕まえ、ハッピーエンドとなる。
※1「suicidal-seed」→「自滅因子」の意で使用。予定死の情報があらかじめ書込まれた遺伝子をスーサイド(suicide)遺伝子といい、実例としては、胎児期のみずかきの壊死などが実行される事が知られていますが、それとはあまり関係ありません。 参考文献 『フランケンふらん』秋田書店刊 作・木々津克久
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※2「バイオ・ナノプロセス技術」→DNA素子を利用してタンパク質を自己組織化させてナノマシンを組み上げる技術のこと。金属超微粒子やカーボンナノチューブのようなフラーレン類などの部品とDNAとを溶液中で処理し、組み合わせ、高分子骨格(ポリマー)を作り、さらに組み上げる。実用化はされていません…ってか、まだフィクションの領域の技術です。 参考文献 「DNAで組み立てるナノマシン」N.C.シーマン『日経サイエンス・2004年4月号』
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※3「サイバネティクスDr.」→(cybernetics doctor)サイバーパンクSFでの通称はサイバネ医。サイボーグ(cyborg→cybernetic organ)専門の医者のこと。この場合「通信工学と制御工学を融合し、生理学、機械工学、システム工学を統一的に扱うことを意図して作られた学問(Wikipediaより)」であるところの「サイバネティックス」とは少し(笑)意味合いが違う…ようですね。
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