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「かわいそうな人」って捨てゼリフなのに親切そうに言われたら
「同情の言葉」としてありがたく受け取らなきゃいけないのか?!
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「ぼのぼののえほん1」作・いがらしみきお 竹書房

《注!》このページは毒レベル毒マーク画像毒マーク画像毒マーク画像です。心優しい常識人は読んではいけません。すみやかに目次へお戻り下さい
 子供部屋を片づけていたら『かわいそうのこと』が出てきた。読み聞かせするにはちょっと深すぎて、子供達には意味が分からなかったかもしれないが、アニメもやっていたのでせがまれて何回が読んでやった記憶がある。
 物語の最後は「かわいそうじゃないのはかわいそうだ」という心に染みる言葉で終わっている。
 ん〜、何回読んでもいいな〜「ぼのぼの」(=⌒ー⌒=)。さて、ほのぼのしたところで表題の話題について書いちゃおう(笑)。先日ネッ友の方のブログに、アートセラピーをやっている方のブログへ紹介リンクが貼ってあったので、ちょっと飛んでみたら児童虐待についての考察記事だった。冒頭には「虐待の連鎖」についての記事が書いてあった。いえ、そのブログの内容がどうとかいう事を書きたいんじゃないですよ。とても力の入った良い記事の書かれてるブログです。ただ勝手に私のトラウマスイッチが入っただけ(笑)。
1.虐待の連鎖はどこまで事実なのか
@虐待=いじめは人類の習性
 「虐待の連鎖」とは、子供を虐待してしまう親の多くがかつて被虐待児だった、という説だ。以前読んで感動した『凍りついた瞳』シリーズ(画/ささやななえ・原作/椎名篤子 集英社)でもとりあげられていた。確かに結果としてそういう事はあるのだろう。「暴力のやり方」は学習によって身に付くものではあるし、そういう事がありうるだろうという事は否定しない。━━だが本当に虐待をしてしまう大きな原因は「虐待のトラウマ」なのか? 弱い者イジメをして憂さを晴らすのは元被虐待児だけに限らない。人間全体の習い性のはずだ。
@環境も連鎖する
 また、虐待行為を誘発する貧困などの「環境要因」も子供に世代継承してしまうケースが多い事も気になる。「虐待の連鎖」を証明するなら、ぜひ「環境要因」が取り除かれた元被虐待児が親になった時、やはり虐待を繰り返してしまったケースの割合を調べて欲しいと思う。そうでなくては、親の幼児期のトラウマが子供への虐待の主な原因だ、という証明にはならないだろう。
@「かわいそうな子」と差別される被虐待児
 なんで私が「虐待の連鎖」にこんなにこだわるのかと言うと、この説のせいで、私のように育ちの悪い人間が「白い目」で見られる事が多々あるからだ。実際いらぬ忠告を受け、不愉快な思いをした事が何度かある。私が小三の時、私をよりによって「あのクソオヤジ」の元に一人残し家出した張本人の母までが、テレビで観たからと「梨生ちゃ〜ん、あんた大丈夫ぅ?」などと猫なで声で電話してきたりもした。「お前が言うかよ!!」と、あきれ果てる。あたしゃアンタみたいに子供に当って椅子で殴りかかったりなんかしないし、子供の虐待なんて、一切してないからね!! ふざけんな〜〜〜o(`ω´♯)怒!
@環境が変われば虐待は起こらないのに…
 二人の子供の子育て期間中、私の夫は色々こまめに手伝ってくれたし、衣類乾燥機まで購入して家事軽減もしてくれたので、環境要因は取り払われて、それなりに大変ではあったが、私は幸せな子育てが出来た。子供達もちょ〜っとオバカだが良い子に育っていると思う(←親馬鹿)。頑張ってる自分も褒めてやりたいぐらいなのに、無神経に上から目線で「心配」されるのが、ホントに腹立たしい。まあ、親に虐待されている子供達は、無条件に「かわいそう」なネタだし、そんな母親達は「○○被害者の会」の類いのややこしい団体に属していない事が多いので、テレビなどでも気軽にネタにされている。私の母もそんな番組の一つを視聴したのだろう。だが・・・。
2.「可哀想な子」のやる事なす事を特別に解釈するのは蔑視と同じ
@偏見に満ちた解釈
 以前見た番組で、被虐待児の日常的な動作に、専門家が偏見に充ち満ちた解説をつけていて、怒りを覚えた事がある。
 レポートされていたのは2歳前後の救い出された被虐待児だ。カメラはまずその子供が座っている里親に甘え、背後から抱きついてよじ登る姿を映す。子供はするりと頭から親の足の間に下り、にこっと笑うと、また背後に回り里親によじ登った。そしてそのシーンを見ながら専門家が「あれは、あの子が生まれ出る時の姿を再現しているのです。新しいお母さんの本当の子供になるための儀式で、あの方の子供として産まれ直そうとしているのです」などともっともらしく解説していた。
@いい加減な専門家
 そう言われると何やら感動的に思えるが・・・実はこのように親によじ登って遊ぶ行為は、普通の子でも幼児期によくやる遊びなのだ。うちの子も時々そうやって私によじ登って遊んでいた。また類人猿の子供にもよく見られる行動でもある。
 なのにそれを「可哀想な被虐待児」がやるととたんに「特別な儀式」と解説する、胡散臭い「専門家」のいい加減さには閉口する。
@同情は蔑視と紙一重.
 こうやって「かわいそうな子」の行動は、やる事なす事みんな特別に解釈されるのだ。これを偏見と言わずして何だというのか。親切ぶった偏見は同情に見せかけた蔑視だ。悲しい事にそんな偏見が原因で、被虐待者が結婚話をダメにされるケースもあるのだから、マスコミでこういったデリケートな問題を扱う場合は、それなりに配慮してもらいたいと切に願う。
 テレビ番組などでただセンセーショナルに喧伝するのではなく、きちんと曖昧さを廃し検証し、なおかつ核家族化による密室育児や、一人で子育てしなくてはならない焦燥やプレッシャーと戦い、精神的な負担に苦しんでいる今の母親達をも救えるような、現実に即した対応策を示して欲しい。無責任に正義派ぶって騒ぎ立てるだけでは何も解決しないばかりか、実際の「かわいそうな被虐待者」に多大な迷惑をかけてしまうのだから。

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