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怪談・夢語り4「すすき野原にて」(1)

すすき野原にてタイトル画像

                    作. 茜 梨生


 四角く区切られた新興住宅地の
 空き区画に生い茂る芒(すすき)。
 線それが私の思春期の原風景だ。
空白
 多摩丘陵を切り開き、
 木々を引きはがし、
 むき出しにされた赤土が
 四角く区画ごとにブロックで区切られ、
 やがてそこに芒が生い茂る。

 真っすぐに伸びた舗装された道路の
 両脇に広がる、ひどく人工的で
 荒涼とした四角い芒が原。
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     線ぽかんと青い空。

     線ざわざわと揺れる芒の葉。
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 私は背丈より高く伸びた芒の株を掻き分けながら
 なぜか、何かに追われるように
 何度も後ろを振り返りながら走っていた・・・・。
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 怪談夢語り、第4話。
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 少女の頃の
 夢の話である線
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1. 香奈(かな)

 中学1年の夏休みを、私は多摩の新興住宅地に建つ、友人の新居で過ごしていた。
 泊まり込んで、もうかれこれ10日。
 居場所は告げてあるが、家から1度も電話はない。

 しかし洋裁店を営むその友人の母は、家庭の事情を知っているせいか、何も私に問うことはなかった。

 友人の家は母子家庭。
 数年前に離婚したのだが、働き者の友人の母親は別れた夫に見せつけるように、女手1つでこの新居を建ててのけたのだ。けれどさすがにローンの負担は大きく、今まで以上に仕事は忙しくなってしまった。そして友人は校外のこの新居で、4匹の猫達とともにぽつんと1人で過ごす事が多くなっていた。
 昼間は大人は皆、もっと新宿寄りの駅前に構えられた洋裁店に働きに出ている。歳の離れた姉もいるのだが、今は都内の有名進学高校に通うため、東京に住む父の家に引っ越してしまっていた。
 せっかくの真新しい一軒家は、いつも寂しげに四角い芒が原に建っていた。
 家中の窓に明かりが点り賑やかになるのは、友人の母が住み込みのお針子さんと一緒に帰って来る夜9時近くなってからだった。

 そんな事もあり、私は休日に泊りにくるようによく友人から誘われるようになったのだ。

 だからその夏も私たちは、駅からも遠い芒が原の一軒家で、
 2人きりで過ごしていた。

 友人の名は香奈。
 成績は学年首位。
 運動神経も抜群。
 クラスでは皆の信望を集め、生徒会活動にも参加している。

 明瞭で利発な会話は出来るが、あまり口数は多い方ではない。
 男の子のような短い髪と、ハーフめいた彫りの深い容貌は、女の子同士のベタベタとした付き合いを静かに拒否しているようで、取り巻きは多いが、実は彼女には友達らしい友達はいなかった。

 そんな彼女が、
 なぜすべてに凡庸な私などと仲よくしてくれているのか。
 誇らしく思いながらも、私は少し不思議だった。


      しかしとにかくその夏休みは・・・・

      邪魔する者のいない

      2人きりの夏だった。
 
 まず最初の4日程で宿題はすべて仕上げ、後はすることのない長い時間が私たちのものになった。
 あとはプールに行ったり、お菓子を作ったり、漫画を読んだり……。
 ゆるゆるとした時間が過ぎて行く。
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 時には、画家志望の彼女といっしょに画用紙を広げる。
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 線そして2人でよく歌を謳った。
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 上下のパートに分かれ、静かな声で話すように・・・
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      彼女の声を、私が追い
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      私の声を、彼女が追う。
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      花を摘みながら
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      雑木林を散歩しながら
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 練習もしないのに、声はハーモニーになり
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 2人なのに1人のような、奇妙な感覚。
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 夏の日は静かに過ぎていく。
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 線そして………。
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 その日、私は彼女の母から、手作りのタンクトップワンピースをもらった。背の高い彼女からの「お下がり」である。
 彼女は姉の「お下がり」の同じワンピースを着ているので、私たちは姉妹のようなお揃いの服になった。

 当時としては珍しいデザインの、外国の少女の着るような無地の綿のワンピースは、おしゃれでとても素敵だった。私は弾んだ声で
 「ありがとうございます!」
 と、お礼を言う。
 「ウン、梨生ちゃんよく似合うわ。ねえ香奈…」
 「………」

 彼女はなぜか無表情で、返事もしなかった。
 元々あまり喜怒哀楽が表情に出ないのだが、その時の彼女の横顔に、なぜか私は微かに「怖い」ものを感じ取っていた。

 こんな感覚は、去年初めて、彼女の引っ越す前の自宅へ遊びに行った、あの冬以来だった。
 
 昨年の冬、香奈と仲よくなった私は、彼女の家に遊び来ていて、お人形遊びに誘われた。

 (お人形遊び?)

 私は少しびっくりして、人形の入った段ボールを押し入れから出す彼女の後ろ姿を見つめていた。

 (もう6年生なのに、お人形かぁ……
 意外と子供っぽいトコあるんだな、香奈)

 私はすでに4年生になった時に、もう人形類は卒業すると決め、すべて処分していたのだ。少し困りながら私は引っ張り出された人形に目を遣った。

 ぎょっとして伸ばしかけていた手を引っ込める。

 段ボールの中には、ぬいぐるみと、何体ものバービー人形。
 よく見るとその中には、手足が無く、毛をむしられ、目が塗りつぶされた無残な姿のバービーが混じっていたのだ。

 あまりに、優等生の彼女にそぐわない破壊された人形。

 私は思わず訊いてしまった。

 「どうしたの、これ……」

 その問いに、顔を上げた彼女の表情線
 私は喉元に生じた冷たい塊を、そっと押さえて言葉を待つ。
 
 「もらったのよ」
 
 「あ、そーなんだぁ」
 
 私が安堵した様子なのを見て、彼女は何事も無かったように遊び始めた。私も犬のぬいぐるみを手にし、それに付き合う。

そんな壊れた人形をくれる人などいないはずだ、という事には、気付かないふりをして……。
 
 「……お姉ちゃんとお揃いだったんだよね、この服。せっかくのお揃いなのにもらっちゃってごめん」
 線夏休みになっても帰ってこない姉と
 線お揃いだった大切なワンピース

 私の言葉に、無表情だった香奈の顔がスッと和らいだ。

 「いいよ別に、もう着れないから。……似合うよそれ」

 静かにつぶやき、彼女はまた黙り込み絵を描き出す。
 線優等生の “彼女” は、 “黙る” 事で保たれているのか。
 着れなくなったワンピースへの大人げない執着心は、
 壊れていく家族への切ない思慕であるのに………。

 線取り乱す事の無い無表情。
 それが彼女の精一杯の自己表現だった。
 
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